コラムCOLUMN
医療人の矜持
僕は若かりし頃、口腔外科に在籍していました。
25年前の医療界というのは、今話題のブラック企業など比較にならないブラックぶりでした。
まず一年目のドクターは人間ではない。だから口応えなどせず言う事を聞け。
労働時間など関係ない。朝6時に来て採血して、夜は諸先輩方が全員帰宅してから帰りなさいと。
土日も来て、朝晩の点滴はやりなさいと。
すごい世界でした。
僕も入局初日に病棟担当に振り分けられ、いきなり末期癌患者さんの処置に回されました。
その患者さんは手術によっても癌の進行が抑えられず、術後感染を起こし一般の病室から隔離されている状況でした。
体力がなくなり、普段なら感染しない緑膿菌に感染していました。日和見感染です。
当然、その病室に入るとドクターの体にも緑膿菌が沢山付着します。
そのまま他の病室に入ると緑膿菌をばら撒く事になりますから、防護衣を着て処置します。
それでも病室から病室に移動するとドクターが感染源になりますから、処置はベテランと新人が組み、その処置後はなるべく他の病室を行き来しないという事になります。
つまり、その病室で処置すると並行して他の処置が出来なくなるので戦力がダウンしますよね。
そこで抜擢されるのが新人です。そもそも何にも出来ないので、抜けても戦力はダウンしないからです。
で、昨日までプレイステーションでゲームをやっていたような若者がいきなり、いわゆるターミナルケアに回される訳です。
まぁ、詳しい描写は控えますが、末期ですからかなり患者さんは辛い事になってまして、学生さんが見たら脳貧血を起こすような状況です。
なんだか凄い所に所属してしまったなと、若かりし頃は当然思いました。
帰宅してトイレで用を足すと、尿が緑膿菌の臭いがした時は正直怖くなりました。
そんなこんなで日々の処置が続くと、慣れてきて色々と見えてきます。
思ったのは口腔外科というのは歯科における最終防御線なのだという事です。
口腔外科というのは、医科と歯科がちょうど混ざる領域です。
歯科医師である口腔外科にしか対応出来ない事が沢山あります。
ですから、口腔外科が治療から撤退する訳にはいかないのだと思いました。
例えば、昼間抜歯して夜になっても血が止まらない、もう抜いた病院は閉まってる。そういう場合に医師が診てもまず止血は出来ないでしょう。口腔外科医なら止血する事が出来ます。
口腔外科医でなければ出来ない仕事が沢山あるのです。
そういう事を実感してからは、仕事が楽しくなり、使命感に燃えて診療に当たるようになりました。口腔外科にはこういう人間が多いです。
朝から翌朝まで続いた口腔癌の手術の後、1日通常勤務をして帰宅しようとしたら骨折の患者が搬送されそのまま処置。
元旦の当番中に喧嘩で顔を殴られた若者が搬送され、そのまま処置。
クリスマスイブに患者が急変し帰宅できず、そのまま男の後輩とメリークリスマスとか。
そんな事は日常茶飯事でしたが、充実した毎日でした。
やはりこういう治療は患者さんとの関係が密ですから、退院時には本当に感謝され、お亡くなりになられた時には家族とともに悲しみました。
それが医療人としての本質ではないかと思います。
リスクはある。でも目の前に苦しんでいる人がいれば助ける努力をする。それが医療従事者の本分です。
そこを理解せず、最善の努力もせずに、とにかく怖い、逃げたい、来ないでという発信は医療の本質から外れています。
僕はそういった連中を心から軽蔑します。
救急隊員がコロナが怖いから出動したくない、消防隊員がクラスターが怖いから出勤しないなどという事を聞いた事がありますか?
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